妊娠中の妻が受けた羊水検査の結果が出た。


結果は異常なし。


二人で飛び上がるほど喜んだ。本当に嬉しくてテンションが上がってる。「いや異常なしって普通じゃん」って思うんだけど、この普通が嬉しい。本当に嬉しい。

余り自分の気持ちをブログに残そうってモチベーション無かったんだけど、何故かこのことは忘れたくなくて記録しておこうと思う。たぶん忘れたりしないんだけど、色々考えて、その時どう思っていたのか文字にしようと思った。


この妊娠は三回目だった。

二番目の女の子は、病気で亡くしてしまった。


去年の5月頃、定期健診の時、産科医にこう言われた。

「首の後ろにむくみがあります。」

初め言っている意味がわからなかった。僕自身が勉強不足だったこともあるけども、妻の真っ白な顔色を見てすぐに「ただごとじゃない」と思った。


胎児の首のむくみは「NT(Nuchal Translucency)」といって、妊娠初期の胎児の後頭部に出来る皮下浮腫の事。

循環バランスがくずれた際に生じることのあるむくみだけど、ある疾患がある場合、その徴候として見られる場合がある。


疾患とは、「染色体異常」だ。

主に「ダウン症」等に代表される、遺伝子に問題がある場合に発症する病気で、心臓や四肢、精神にも影響を与えるもので、勿論有効な治療法も存在しない難病だ。


勿論むくみがあったからといって100%「染色体異常」とは限らない。直接の関連性は無いとする説もあるし、いつの間にかなくなってしまうケースもあるらしい。ただし、遺伝子疾患を持って生まれてくる子供の多くは、首にむくみが確認できたケースが多いという事実もある。


こういう場合、「そうとは限らないから」という慰めは何の意味もないと知った。


妻は軽くパニックに陥った。僕もそうだった。ただでさえ高齢出産になるし(妻は34歳)、年齢が上になればなるほど異常の確立は上がるのだ。

http://www.downdiswalk.com/kind/ninsin.html

「ダウン症児」の出生率を見てみると…20歳で1667分の1、30歳で952分の1、35歳で378分の1、40歳で106分の1、45歳で 30分の1となっています。一方、「ダウン症」以外で何らかの染色体異常を持った赤ちゃんが生まれる確率は、20歳では526分の1、30歳では385分の1、35歳では192分の1、40歳では66分の1、45歳では21分の1になります。


1/192。


192人の内、たった一人が染色体に異常を持って生まれてくる。賭けとしてはゆとりがあるように見えるが、我が子だ。高すぎる。高すぎる確立だった。

しかも、追い打ちをかけるように産科医は続けた。


「むくみが認められて、その年齢の場合、確立は1/10までに上がります。」


10人に一人。もう何も考えられなかった。

それから、妻とは何度も話し合った。喧嘩にもなった。妻を慰めるのが日課になった。


産科医からは「羊水検査」を勧められた。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8A%E6%B0%B4%E6%A4%9C%E6%9F%BB

羊水検査(ようすいけんさ)とは出生前診断の一種。妊娠子宮に長い注射針に似た針を刺して羊水を吸引すること(羊水穿刺)によって得られた羊水中の物質や羊水中の胎児細胞をもとに、染色体遺伝子異常の有無を調べる。妊娠15~18週とかなり胎児が大きく育ってから実施される。羊水検査で診断できるのは遺伝子など特定の異常に限られており、すべての異常が調べられるわけではない。


異常の可能性は限りなく高いわけだから、疑念を晴らしておかなくてはならないし、もしこの結果がシロなら、とりこし苦労で妻の心も安らぐはず。10人に一人なら、まだゼロじゃないし、無事な可能性は十分にある。


妻は気丈で、「まだ決まったわけじゃないのに、この子に失礼だから」と、殆ど涙を見せなかった。本当は喚き散らしたい程のプレッシャーなはずなのに。妻は泣かなかった。


羊水検査を受けて、結果を待った。


結論からいうと、賭けには負けた。

赤ちゃんの染色体には異常があった。しかも、僕らの予想をはるかに超えて深刻な疾患を持っていた。


18トリソミーだった。
 

http://www.princess.ne.jp/~yukina/18trisomy.htm

【18トリソミー】

21トリソミーに次いで多い染色体の数的異常症で、5000人に1人の頻度で出生します。しかし、合併する心臓や腎臓や中枢神経系の奇形が重篤なため重度の発達遅延を伴い、1歳までにその90パーセントが死亡してしまいます。18トリソミーは女子が多く、出生時に頭蓋変形や独特の手指の屈曲など特異的な外形奇形がみられます。


正直、ダウン症だったとしても、正面から向かい合って親として最大限できることをして、少しでも娘の負担を軽くできるように、自分の人生の全てを費やす覚悟もあった。親よりも早くこの世を去ってしまう事になっても。「生まれてきてくれてよかった」と笑顔で包んであげる事もできたかも知れない。


でも、娘は新生児の遺伝子疾患の中でも最悪の18トリソミーを患っていた。

1歳までの生存率が10%。ここでも確率か。確率なんて意味ない。娘の命がどうなるか。1%でも99%でもどうでもいい。

それでも確率論は続く。生後2ヶ月で、50%が死に至るという。


この結果は、妻がメールで知らせてくれた。

これを打っている妻の手はどのぐらい震えていたのだろう。誤字もなく、支離滅裂な内容もなく、簡潔に書かれたメールを、僕は会社の会議中に見た。あの会議の内容は未だに思い出せない。同僚には申し訳なく思う。


産科医の話では、無事に生まれる確率も限りなく低いという。予定日を待たずに胎内で死んでしまう例や、産後数時間で死んでしまう事が多いそうだ。


例え無事に生まれても、直後にカプセルに入れられ、人工呼吸器をつけ、体中に管を刺され、苦痛にまみれた生誕になるという。勿論妻は抱かせてももらえない。もし抱かせてもらえるとしたら、息を引き取るその瞬間だけだろう。


妻と話し合い、堕胎することにした。

妻は気丈なままだったが、時々声を詰まらせながら「今なら、まだ感覚器も未成熟で、痛みや苦しさをそこまで感じないかもしれない。夢を見ているような感覚で天国に行けるかも知れない。完全に赤ちゃんとしての感覚がわかるようになってから、ママに抱っこもされないで一人ぼっちで逝かせるのは嫌だ。」そういった。


でも、辛い現実は続く。

一言で堕胎と言っても、もう赤ちゃんは赤ちゃんの形をしていた。通常の処置をするには育ちすぎているのだ。

思えば僕らには悩む時間も与えられなかった。時間が経てば経つほど処置のリスクは高くなっていくのだ。


その方法は、「出産」だった。


誘発剤を使い、普通どおり「出産」するのだ。

これ、こんなことってあるのかな?って思った。俺たちが何をしたんだろう?って。

幸せの中で生まれてくる命なのに。それなのに、「天国に送り出す為の出産」なのだ。


妻はよく耐えたと思う。僕が女性だったとすれば、女性の最高の栄誉と幸福である出産を、「赤ちゃんの死」を想いながら迎えなければならないとしたら、気が狂うんじゃないだろうか。


事実、妻は気が狂う寸前だったろう。それでも、それでも妻は泣かなかった。

「一人で天国に行く時、ママが泣いていたら心配だろうから。」そういった。


2011年6月8日。娘は生まれ、そして天国に旅立った。


妻は娘に名前をつけた。「そら」というひらがなの名前だ。

妻曰く、「外に出た時、空を見あげれば思い出せるから」だそうだ。34にもなるのにずいぶんとメルヘンチックな妻だ。

でも僕はなるべく優しく頭を抱いた。


数日後、僕と妻と、3歳になる長女とたった三人で、「そら」のお葬式をした。

本当に小さな棺桶だった。それでも花がぎっしりで。娘は病気とは思えないほど優しい顔をしていた。


焼けた骨は、冗談みたいに小さな骨壷に納まった。それでも立派な壺に入れてあげた。

妻はようやく、泣いた。


ただ、火葬の際、トラブルが起きた。

焼き場の人が、確認の際、「男の子ですね?」と言ったのだ。

書類にも「男性」と書かれていた。


全身の血の気が引いた。


「取り違え?」


検査の結果が、別な子供のものだったんじゃないか。

僕らは病気の無い正常な赤ちゃんを焼いてしまったんじゃないか。

まさか。


そう思って病院に電話をした。

結果は、ただの書き間違えだった。でも、たったそれだけの間違えでも、張り詰め続けた妻の心を乱すには十分だった。

今までの我慢をぶちまけるように、妻は泣いた。


「あたしのせいで。」

「ママがちゃんと産んであげられなかった。」

「ごめんね、ごめんね」


僕はその全てを否定して、慰め続けたが、妻が落ち着きを取り戻したのはその人の夜だった。

それでも、妻は涙を流し続けた。


娘の骨は未だに納骨堂に収める事ができず、自宅で僕らのそばにいる。

僕もそうだが、妻が「そばを離れたくない」と言うのだ。元々信心深くない僕ら夫婦は、娘の骨を未だ手放すことが出来ずにいる。(仏教的にはよくないらしいが)


これが僕ら家族と、2番目の赤ちゃんとの別れだ。



その出来事から、数ヶ月の事。妻が「赤ちゃんが欲しい」と言った。

正直面食らったが、妻の想いはこうだった。


「恵那に兄妹を作ってあげたい。家族を失ってわかるのだけど、家族って沢山居たほうがいい。それに、今がんばらなければ、高齢出産のリスクは高まるいっぽう。来年にすればまた確率があがるし、再来年ならさらに。私の心の傷が癒えるまで待っていたら、また赤ちゃんに辛い思いをさせてしまう。今がんばるしかない。」


女性が強い時代というが、まさに妻の心を癒すことしか考えていなかった僕は、なんと頼りない夫なのかと。

妻は一昨年、実の母親を癌で亡くしている。闘病と介護の2年間で、家族を失う事とその意味を考え続けたのだろう。そこにきて、今回の出来事だ。

妻は涙にくれながらも、幸運にも元気に生まれてきた長女と、家族の事を考え続けてた。

こんな妻だから僕は愛し続けられるのだ。


そして、二番目の娘を失った同じ年、三人目の命が妻のお腹に宿った。


だが、油断は出来なかった。また同じ事を繰り返すのはさすがにもう勘弁だった。

だから、今回も羊水検査をした。向きあうために。


そして昨日、結果が出た。

異常なし。元気な男の子だ。


男の子だぜ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、「そらが帰ってきたのかな」って思ってた。

でも僕自身輪廻転生とか興味ないし、やっぱりそらはそらで、この子はこの子なんだ。


勿論、羊水検査の結果って全ての異常がわかるわけじゃないし、まだまだ油断はできない。

というか子育てって何が起こるかわからないし、悲観的になっても楽観的になってもしょうがない。

目の前の事に正面から向き合うって事が一番大事なんだね。と、僕が言ってるわけじゃなく妻が言ってる。


僕は子供を溺愛する。長女も今まで異常に可愛がるし、お腹の中の男の子も分身のように愛するだろう。

僕の人生にそんな彩りを添えてくれた妻に心から感謝する。そして、愛している。


家族は良いよ。ほんと家族が増えて不幸なのはたえちゃんぐらいだよ。これ言いたいだけ。

ググるの禁止な。

tae